■左耳
2002年の春先、仕事がめちゃくちゃ忙しく、ストレスが溜まりっぱなしでしたが、ある日突然左耳の聞こえが悪くなりました。当時は渋谷に勤務していたので、タウンページで耳鼻咽喉科を探し通院しました。病名は「突発性難聴」 左耳はほとんど聞こえません。
通院した病院の先生がたまたま、慶応大学病院の先生だったので、信濃町にある慶応大学病院へ緊急入院することになりました。突発性難聴は発症後、1週間以内に治癒しないと治らないといわれていました。
慶応大学に入院するも、仕事の引継ぎが出来ていなので、入院後3日ほどは、午後から夕方までは、渋谷の勤務先に出向いていました(今にしてみれば、馬鹿なことをしたと後悔してます)病院では点滴の針が刺さったままの状態で、日中は点滴と検査、MRIも取りましたが、原因は判明しません。1週間の入院で回復しないので、先生からは、左の聴力回復は難しいことを説明されました。
このときは、まだ右耳があるので、それほど落ち込みもしませんでしたし、前向きに生きていこうと決意しました。その後は、会社の仲間も自分が左耳が聴こえないのを気にかけてくれ、右側から話し掛けてくれたりしました。
■右耳
2008年の春先、やはり仕事がめちゃくちゃ忙しく、ストレスが溜まりっぱなしでしたが、ある日突然、水中で物音を聞いているような状態になりました。自宅近くの耳鼻咽喉科へ通院し、「低音感音性障害」と診断されました。
ステロイド剤(ブレドニン)を投与され、飲んだところ、数日で元に戻りました。ただ、2週間後には再発し、耳鼻咽喉科医院では手に負えないとのことで、自宅近くの病院(高津中央病院)への紹介状を書いてくれました。
高津中央病院では、右耳の聴力維持を大目標に、ブレドニンを処方されますが、飲んでは回復、薬が減ると悪化を繰り返していました。4月中旬 教育を受講している際、症状が再発し、教育をキャンセルして通院しました。以降、聴力が回復せず、ゴールデンウィークまでほとんど休むことになりました。ゴールデンウィーク後も調子の波があり、「ストレスが原因のため会社を暫く休めないか」と医者は言い出しました。最終的には診断書を書いて貰い、2週間の休暇を申請しましたが、会社の産業医から1ヶ月の休暇に変更されます。
こうして、1ヶ月の長期休暇を取得することになり、ソウル・バンコク・プーケットの旅に出ることになります。長期休暇に伴い、復帰後の職場変更も必要との産業医判断により、前橋への転勤となりました(7年振りの前橋勤務です)
■現在
右耳の聴力維持を最優先に定期的に通院するとともに、以下の薬を飲んでいます。
ブレドニン(隔日1錠)、アデホスコーワ錠粒・メコバラミン500・メリブロン(毎食後1錠)、イソバイド(毎食後30ml)
耳鼻咽喉科への通院と並行して、叔母に紹介され、地元のJAで開催されている電極治療へ通っています。9000ボルト~14000ボルトの特殊電流を体に流し、血液の浄化(酸性→弱アルカリ性にすることで治癒力が高まる)を行いますが、右耳の調子も良いです。しばらくは続けていきます。
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